大学病院の漢方観
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最近、保険漢方が派手に宣伝されているお陰か、信じられない言葉を吐かれる医師もおられる。
当方の漢方薬で調子がよくなったので、定期検査の折に、うっかり漢方薬を服用中だということを言うと、血相を変えて「何番を飲んでいるの?!」と訊かれる。
いえいえ、薬剤師さんに相談して漢方薬局で購入しています、と答えると
「それはおかしい、医師の処方がないと漢方薬は飲めないはずだっ!」
いくら偉いお医者さんでも、馬鹿も休みヤスミ云い給え。保険漢方だけが漢方薬ではないだろうっ。
この話で思い出したのが、遠い昔のことだが、医師の処方した抗生物質が原因で生じた超難治性の疾患に長年苦しまれる若い女性に、体調を整えるべく当方の漢方薬を続けられていた。
通常の生活は送れる状態が続いていたが、唐突に主治医から新しい治療方法があるからと、強く入院治療を奨められ、はりきって入院したところが、治療の副作用により吐き気が止まらなくなった。
御家族から漢方薬で何とか吐き気を止めてもらえないだろうかと強く請われたが、たまたま主治医が知人だったので、直接電話して入院中の漢方薬再開の許可を求めると、検査データに影響しては困るから出さないで欲しいと、きっぱりと拒絶された。
そのときの主治医の話では、吐き気さえとまれば・・・ということだったが、漢方薬に頼るなどはもってのほか、というプライドもあったに違いない。
ところが、患者さんはその後、嘔吐が止まらないまま、亡くなられた。
御家族の悲しみようは云うまでもなく、こうなることならどうして漢方薬の服用を許可してくれなかったかと、主治医に対するどうしようもない恨み辛みを繰り返し漏らされるのであった。
そうっ! 検査データに影響したら困るからっ!
これが某大学病院の主治医の立派な使命感で、治療の目的が患者さんの為ではなく、しばしば製薬会社の利益のための使命感だったりする。
いまだに思い出すたびに頭に血が昇るのだった。
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投稿者 薬剤師 2009年10月15日 22:40
信じる信じないは個人の自由であるといえば、まるで宗教問題のような話だが、いまだに漢方と漢方薬の問題についても、信じる信じないの言葉が発せられるという、やや時代錯誤気味にも思えるのだが、それがしかも医師の口から発せられることが今年になっても、随分聞かされてきた。
聞かされてきたというのは、当方へ漢方相談にみえたやや遠方の患者さん達の言葉を通じて聞かされた言葉なのだが、主治医に漢方薬の利用をご相談したところ、言下に、
「私は漢方は信じませんから
・・・・・」
と何とも愛想のないことで、「漢方」という言葉を発した途端に帰ってきたお言葉の突然の豹変に膝がガクガクした患者さんさえおられるのである。
まれには開業医の先生でもおられるが、多くは大学病院などに勤務される先生方が多いようで、この非科学的な「信じる」「信じない」という言葉自体が、科学的であってほしい先生方の口から発せられるのであるから、なんとも不気味な言葉に思えてならないのである。
聞かされてきたというのは、当方へ漢方相談にみえたやや遠方の患者さん達の言葉を通じて聞かされた言葉なのだが、主治医に漢方薬の利用をご相談したところ、言下に、
「私は漢方は信じませんから

・・・・・」
と何とも愛想のないことで、「漢方」という言葉を発した途端に帰ってきたお言葉の突然の豹変に膝がガクガクした患者さんさえおられるのである。
まれには開業医の先生でもおられるが、多くは大学病院などに勤務される先生方が多いようで、この非科学的な「信じる」「信じない」という言葉自体が、科学的であってほしい先生方の口から発せられるのであるから、なんとも不気味な言葉に思えてならないのである。
投稿者 薬剤師 2006年6月18日 13:08
A大学とB大学と、それぞれ比較的近くの大学病院で、漢方に対する観方が全然異なる。
A大学は、寛大であるどころか、各科で保険漢方をかなり使用されるくらいだから、私の薬局の漢方相談で服用されている患者さんには、好意的、とまでいっているかどうかは、判然としないが、少なくともイヤ味を言われたり、止められたりすることは、滅多にない。
ところが、B大学となると、ひどいものである。
漢方薬はここの大学では治療薬として、認めていませんからね、と癌や悪性腫瘍専門の診療科の先生方が、患者さんに向かって、憮然として言ってのける無神経、それは、信じられないほど、ケンモホロロだという。
せっかく漢方薬を併用しはじめて、調子がよくなったので、喜んでいた患者さんに、大きな水を差すのである。
どんな神経をしているのだろう、このお医者さんたちは、と思う。
この平成の時代に、まだ、そのような時代錯誤の感覚しか持ち合わせていないのか、と愕然とするのは、私達よりも、患者さんたちかもしれない。
もしかすると、ネット界のように、漢方薬を健康食品と間違っているのではないか、と患者さんのほうが、怪訝がっている。
ところで、寛大なはずのA大学でも、とんでもないことを患者さんにお願いしてくれたお陰で、危うく、死期を早め兼ねなかった出来事があった。
さいわい、結果的には、元に戻すことで、大事には至らなかったけれど、この内容は、まだまだ現在進行形だから、これ以上、書かないことにする。
何年後かには、このブログに報告できるかもしれない。
手前味噌に聞こえるかもしれないけれど、医師の無理解にはほどがある、といった事例は五万とある。
言っても、言い切れないくらいだ。
医師はそれほど、神様かね、と言いたくなることは多い。
A大学は、寛大であるどころか、各科で保険漢方をかなり使用されるくらいだから、私の薬局の漢方相談で服用されている患者さんには、好意的、とまでいっているかどうかは、判然としないが、少なくともイヤ味を言われたり、止められたりすることは、滅多にない。
ところが、B大学となると、ひどいものである。
漢方薬はここの大学では治療薬として、認めていませんからね、と癌や悪性腫瘍専門の診療科の先生方が、患者さんに向かって、憮然として言ってのける無神経、それは、信じられないほど、ケンモホロロだという。
せっかく漢方薬を併用しはじめて、調子がよくなったので、喜んでいた患者さんに、大きな水を差すのである。
どんな神経をしているのだろう、このお医者さんたちは、と思う。
この平成の時代に、まだ、そのような時代錯誤の感覚しか持ち合わせていないのか、と愕然とするのは、私達よりも、患者さんたちかもしれない。
もしかすると、ネット界のように、漢方薬を健康食品と間違っているのではないか、と患者さんのほうが、怪訝がっている。
ところで、寛大なはずのA大学でも、とんでもないことを患者さんにお願いしてくれたお陰で、危うく、死期を早め兼ねなかった出来事があった。
さいわい、結果的には、元に戻すことで、大事には至らなかったけれど、この内容は、まだまだ現在進行形だから、これ以上、書かないことにする。
何年後かには、このブログに報告できるかもしれない。
手前味噌に聞こえるかもしれないけれど、医師の無理解にはほどがある、といった事例は五万とある。
言っても、言い切れないくらいだ。
医師はそれほど、神様かね、と言いたくなることは多い。
投稿者 薬剤師 2005年8月31日 00:17
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